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農山村集落が消滅する
投稿者: kimihiro-o 投稿日時: 2011-1-11 1:10
自宅前の風景だ。今から15年くらい前若くして妻を亡くし、その後10年くらい一人暮らしをする。その後近隣の施設に入所し、更に、息子夫婦の近くの施設に移転することとなった。空き家となり、まだ十分に住むことができる建物であるため有効な利用方法も考えたが、親族の希望で取壊しが行われた。
限界集落。
私が住んでいる地区の長沢地区の高齢者率は31.85%。5年後、今現在の人がそのまま生き続けたと仮定すると高齢化率は40%を超える。間違いのない限界集落予備軍だ。
先日のインバウンドの研修で、講師は毎年100万人の人口が減っている、つまり、毎年仙台市が消えている、と言っていた。
国勢調査の速報値がでた。山形県は5年前より4万人程度人口が減少した。人口だけで考えれば5年間で新庄市が消えてしまった、ということになる。
この現実を直視しなければならない。

11月22日、舟形町とほぼ同じ人口でありながら新エネルギー(木質バイオマス)と地域づくりについて先進地である岩手県住田町に視察研修に行ってきた。
住田町は平成15年に町内を5地区に分けて地区別計画書を作成した。その中に、地域の事業決定過程や実現へ積極的に住民参加ができる仕組みを盛り込んだ。加えて、その5地区に職員を貼りつけ(地区担当制度)地区別計画書の実現のための手助けと、具現化するための資金補助を行った。
地区別計画書の作成と具現化のため当初職員は8〜10人を貼りつけたが、結果、地域が職員に依存する傾向が強まってしまい、現在は2名に減らしている。
また、大学の先生が地域に入り地域づくりのモデルを作ろうとしたが、先生や職員への期待や依存、つまり、「何かやってもらえる感」が強くなってしまい、待ちの姿勢から地域づくりを他人事のように思う人が多い、と言う。

地域で何かしなければ・・・。
私も世代間を超えて色々な活動をやってみた。
しかし、越えられないものがある。いや、越えるのが難しいもの。
慣例と依存。
私が役場職員であるからこそ協力してもらえる半面、やってくれるだろうという依存。

農業に例える。
官僚たちが現場(農家)の声を聞かずコロコロと政策を変え、政策に従わなければ収入は望めない。自分が食べる米でさえ国に従わなければならないようにした農業の仕組み。作柄や米価が悪ければ国である程度のフォローをする。ここに慣例と依存が存在し、それが暮らしにまで浸透している。
村という単位で暮らしていた50年前、自分のことは自分で、地域のことは地域で解決してきたと想像する。
私が思う地域の活性化とはそういう自己完結できる地域だ。
そういう意味で昔の地域は活性化されていたと思う。
しかし、行政や国会が暮らしに入り込みすぎたことでそのバランスが崩れた。
そこで彼らは昔のような地域の仕組みづくりを進めようとするが、一度壊れた地域の仕組みを再生するのは難しい。
生産調整で荒廃した農地を再生するのが難しいように。

熊本県氷川町(旧宮原町)は「まちづくり情報銀行」を中心としたワークショップで地域づくりを実施した。
「まちづくり情報銀行」とは大正時代に建築した銀行が空き家となったことから、そこを地域づくりの拠点とし、地域の情報を貯金し政策を利子とする銀行の仕組みとダブらせた。地域の情報はワークショップによって得た。町職員5人が2年間で320回地域に通った。2年間、3日1回は地域に通ったことになる。地域に入るのは当然夜。地域を9時頃に引き上げ、得た情報を早速貯金し利子に反映させる。「まちづくり情報銀行」の灯りは連日深夜まで照らしていた。
利子は地区別計画書となった。
この計画書の作成にあたり、職員は一切意見を言わなかった。ワークショップのやり方や前回までの話し合いの結果等の情報の提供のみ。できあがった地区別計画書は町の総合計画に組み込まれることで、その総合計画は住民一人一人が作り上げたものとなった。
このような宮原町の成功の理由を町職員という目線で考えたとき、町職員はリーダーでなく、地域住民を補佐する役割であり、地域住民には何が必要か一方で学び、地域住民が頑張っていくためには自分達は何をしたら良いのか。これが自分のスタンスであること自覚しながら進めたから。
また、「幸福の政治経済学」という本の中では、地域の人が幸福を感じるときは、政治への参加度合いと比例する、としている。(小田切先生から聞いた。私は読んでいない。)
自分たちが作った計画が町の計画書となり、その進捗状況を確認するには自分たちがやってきたことを振り返ればよい。
楽しいと思うし幸福を感じるのではないか。
そういう幸福感が地域の元気になり、誇りになり、魅力になる。
そして、このような地域は、そう簡単には消滅しないだろう。
私たち職員はそういう仕組み作りを一緒に考え、一緒に進めていかなければならない。
宮原町の担当者は最後に次のような言葉を言った。
「如何に緩やかに地域を衰退させるか。そこを考えなければならない。」
大都市の人口が減少して行く中で地方は当然減少して行く。そういう中で、「如何に緩やかに衰退させるか」という言葉は、とても印象に残る。

山伏様の言う「行政の限界」
これも印象的な言葉だ。
役所は、役所内で政策を決めるものではなく外との関わりを強くしながら、実践し検証するところと考える。
しかし、「地域づくり支援」という業務に注げる行政能力は少ない。本来、地域を振興するために行政(役所)の仕組みを構築しなければならないのに、そこまで余力がない。
これも小田切先生の言葉だが「地域づくりや活動はゆっくりでよい。しかし、行政は急がなくてはならない」
・・・。

今度は自宅の裏の写真。
雪で埋もれている家(左側)はこれも空き家である。近々壊されるだろう。
限界集落の足音が聞こえ、集落の消滅が近づいている。
何をしたらよいのか、何ができるのか。

私は雪で遊んでいる子どもの親である。
地域に残るのか巣立つのか分からないが、せめて子どもたちが故郷を自慢できるようにしたい。そして、そのために努力している背中も見せたい。
もどかしさと後ろめたさを抱きながら。


課題について語り合おう!に投稿してみましたが、サイト内更新状況に表示されなかったため、ファーラムから投稿してみました。
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